【会社名】有限会社 白水堂
【住所】〒850-0832 長崎県長崎市油屋町1-3
【主な事業内容】和菓子製造・販売、喫茶店
【取材先】白水竜也(代表取締役)

※取材:2026年


長崎の歴史と風土が産んだ「桃カステラ」

長崎の伝統菓子「桃カステラ」は、カステラ生地に桃の砂糖細工が載った愛らしい縁起菓子だ。

室町時代末期から江戸時代、ポルトガルやオランダ、中国との貿易で日本に入ってきた砂糖は、日本人の食生活に大きな影響を与えた。砂糖文化は海外貿易の拠点だった長崎と小倉を結ぶ長崎街道を通じて広がり、街道沿いには独自の食文化が開花。近年、同街道は「シュガーロード」の愛称で親しまれている。

このように、歴史的に海外の影響を受けてきた長崎では、中国で不老長寿の果実として尊ばれている桃を「縁起がよいもの」として親しんできた歴史があり、小豆餡を包み、桃をかたどった縁起菓子「桃饅頭」は、ハレの日の贈り物として古くからなじみの品だった。

長崎で独自に発展した桃文化と、南蛮貿易によりもたらされたカステラ。その2つが融合した「桃カステラ」は、長崎だから生まれた菓子といってもいいだろう。その登場時期は定かではないが、明治か大正の時代から商っていたという菓子店もあり、桃の節句だけでなく、お宮参りや成人式、結婚式など、桃饅頭と同じくハレの日の縁起菓子として長崎っ子に広く親しまれている。

白水堂はそんな「桃カステラ」が生まれたころ、1887(明治20)年創業の老舗の菓子舗。
白水社長は5代目当主に当たる。

白水竜也 社長

1つ目を作る気持ちで

約140年間の歴史と伝統を守る同社には、現在5名の職人が日々菓子作りに専念している。そのうちのお一人は、先々代の頃から働いている御年90歳の練達で、職人歴は優に50年は超えている。赤ん坊のころの白水社長のオムツを替えたという微笑ましいエピソードも。そんな熟練の職人がいるからこそ、気づいたことがある。

「工場のコンセプトに『1つ目を作る気持ちで』という言葉を掲げています。ベテランの職人というのは、1個目に作った菓子も100個目に作った菓子も、出来上がりに差がないんです。いくつ作っても同じ仕上がりというのは、熟練の技がないと難しい。だから、その人に追いつけ追い越せというか、その精神のもと菓子作りをしようと日々向き合っています」。

桃カステラ一つとっても、葉のつけ方、紅の吹き付けの角度、くぼみを表現するライン、すべてに職人の気遣いと技が見える。

「くぼみのラインは難しいです。 1個1個全部同じ角度でつけていますが、ラインを入れる速度がゆっくりだと表面のフォンダン(すり蜜)が固まってくるし、速いとつけたラインが微妙に閉じてくる。なので、フォンダンの温度帯も気にしながら、桃カステラの表情で状態を見極めながら作業をしています」。

桃カステラは通年で販売されているが、2月上旬から3月上旬の桃の節句のころはとくに需要があり、店頭に並べるそばから売れる。その数、多い日には2,000個以上。これをすべて手作業で作っているという。

「その時期ばかりは、ふだん和菓子を作っている職人もみんな来て、総動員で桃カステラづくりに取り掛かります。みんなが作れるようになれば、それが今後の強みになるかなとも思いシステム改革をしているところです」。

艶やかなフォンダン、くぼみを表すライン、紅のグラデーションに職人技が光る。最後に練り切りで作った葉と枝を乗せれば桃カステラの出来上がり。長崎菓子工業組合の決まりで、葉を練り切りで作らなければ「桃カステラ」と名乗れない。

不易流行の精神でアイデアをかたちに

白水社長が店を継いだのは25歳のとき。いつか継ぐだろうとは考えていたものの、学生時代はサッカーの指導者になることを夢見ていた。

ところが、大学卒業を控えた白水社長に、店の経営難の報が入る。3歳上の姉からも帰るように促され帰ったものの、店はにっちもさっちも行かない状態。

それまで経営とは無関係に生きてきた白水社長は、会計の専門学校で経営を学んだ。専門学校卒業後、銀行からの融資を取り付けるために代表に就任。右も左もわからないまま「こんちくしょう精神(白水社長談)」で店の再建に邁進する。

そんなころ、一人の観光客に桃カステラは置いていないのか尋ねられた。当時は桃の節句の時季にしか販売していなかったが、ニーズがあることを知り、白水社長は桃カステラの通年販売を試みる。

当初は返品も多かったがそれでも続けていくと、桃カステラは徐々に浸透していった。たくさんの人が手に取るようになると、桃カステラが大きすぎるとのお客様の声が届くように。

その声に応えるため2009(平成21)年、今度は小さい桃カステラ「こもも」を開発・発売。

通常サイズの桃カステラに比べ小さい「こもも」は、手間も時間もかかるため当初は期間限定商品だった。しかし時代のニーズにマッチした「こもも」は好評を得る。白水社長は職人たちとシフト体勢から効率化もふくめ何度も話し合いを重ね、繁忙期も作ることを決めた。

そしてその約10年後の2020(令和2)年には「れもも」を、翌2021(令和3)年には「チョこもも」「かすてら巻スティック」を発売。

「夏場はあまりお菓子が動かなくなるので、さわやかな柑橘の味わいのレモンケーキを考えたんですけど、どうせなら、ということで『こもも』のレモンバージョンで『れもも』(笑)。『チョこもも』は『こもも』のカステラ生地にチョコレートを合わせたもので、桃カステラの注文が入りはじまる前までの、秋からバレンタインにかけての季節限定商品です」。

五三焼かすてらの上部と底部をカットし、どら焼きの薄皮で一つ一つ巻き上げた「かすてら巻スティック」は、職人技が光る逸品。五三焼かすてらのしっとりとした生地と卵の深いコクはそのままに、スティック状で食べやすく、いつでもどこでも楽しめるカステラの新しいカタチを生み出した。

「注文取らないと生きていけないので(笑)」と白水社長は謙遜するが、なかなかのアイデアマンである。そして、そのアイデアを支えるのは、職人たちの技の円熟と奥深さだ。

長い歴史と長崎の風土から生まれた「桃カステラ」。
その背景を引き受け、時代が求めるものをアイデアと技で形にしてきた白水堂は、これからも不易流行の精神で菓子作りをしていくのだろう。

第14回全国菓子大博覧会に出品した工芸菓子。「鯛五尺、海老三尺三寸、蛤一尺七寸」と記録されている。
落雁を作る際に使用していた木型。店の展示物の一つひとつに歴史が息づく。
ステンドグラスモチーフが長崎らしさを醸す現在の手提げ袋(右)は、昔の手提げ袋(左)の意匠を継いだ。「デザインを考えていたときに元のデザインの企画書が出てきて、これが良く考えられていたのでそのまま活かしました」。ここにも不易流行の精神が生きている。いまでは袋を求めて来る客もいるそう。
店舗の奥には、「和風喫茶 志らみず」も併設。