いろんな人に恵まれていまがある。

マルオトさんは代々牡蠣養殖をされてきたんですか?

山田 父方の祖父は木こりでした。木炭が燃料だった時代で、島から海にワイヤーを張って切った木をワイヤーで海に落としてそれを船で回収して長崎とか本土へ運ぶんです。そうこうしているうちにこのあたりでハマチの養殖が盛んになって、そのとき祖父はブリ養殖を始めました。ただ働き詰めで無理がたたって、60歳を超えた頃に亡くなってしまいました。

そのとき親父はまだ20代になったばかりで父親のブリ養殖を継いだんですが、続けていてもこれから先はわからないとふんだんです。当時、魚に与える餌はすごく貴重でした。ここが島ということもあって、船で長崎に餌を積みに行って持ってきて、それを魚に与えていたんです。冷凍の発達も物流の普及もまだなかった時代の話です。ブリってすごく食べるんですよ。それで、1キロの餌で効率よく太るヒラメに目をつけて、僕が大学生の時までヒラメの養殖をやっていました。そのころは日本のヒラメ生産量の1割を親父たちが作っていました。親父は特殊な編みを作って海面近くでヒラメを育てていたんです。それで年間500トンくらい生産できた。大型の活魚車も5台くらいあって、名古屋とか、大阪とか、福岡とか、週に3便出していたんです。そのうちに魚価が低迷してきて、一旦、親父は会社をたたみました。そのときに、遊んでいる漁場でなにかできないかと言って、長崎県が牡蠣の養殖を推進したんです。

それで2009年に牡蠣養殖を始めました。僕はまだ築地で働いていたんですが、仕事が休みの日には親父たちが作った牡蠣をオイスターバーとかに持っていって評価してもらっていました。牡蠣づくりは初めてだったので、自分たちが作ったものがどんなレベルなのかもわからない。オイスターバーなどで「こんなの売れない」とか「いいね」とか「他県のものがあるからいまさら長崎のは別にいらない」とかいろいろ意見をいただいて。

牡蠣はなかなか難しいのかなと思いはじめたころ、オイスターバーなどさまざまな業態の飲食店を展開している会社のマネージャーさんから「五島の牡蠣に興味があります」とメールをいただきました。それで下北沢の会社だったので、東京にいる僕がお会いして話をしてみたら、オイスター流通の実情とか仕組みなどを教えてくださった。それで、その会社にとっては競合他社となる会社を紹介してくださって、伺ったらこれでもかというくらい買ってくれて。そこ、そのマネージャーさんが前にいた会社だったんです。

それで親父とも、これはもう家の仕事にしていいんじゃない?という話をして。それでも年間1千何百万円くらいしか売れていなかったので、親父が「帰ってきてもお前の給料出せないよ」って。でも「自分で帰ってなんかするけん、いいよ」ということで30歳のときに帰ったんです。

当時、カミさんのお腹には3人目の子どもがいたんですが、カミさんに話したら経済的にいまと変わらないならいいよって言ってくれた。頑張るからって言って、とりあえず最初は貯金を切り崩しながら僕はそれこそ寝ずに働いて。だからいまよりも痩せていました。当時は喧嘩が絶えなかったですが、いまでは写真を見ながらカミさんと笑っています。そういう時期もあって、だんだんと牡蠣も売れるようになって、そしてアオサを始めました。

そのマネージャーさんとはいまでも付き合いがあって、その方、ウチの始まりの大本でもあるんですが、日本中の生産者とつながりがあって、お酒にも詳しいので、ゆくゆくはみんなで出資しあってその人の店を出したいねという話とかもしています。牡蠣業界のことのも本当によくご存知で、生きた情報をくださる大切な方です。僕らそうやって、いろんな人に恵まれていまがあります。

山田さんのお人柄ですよね。

離創協 先週、すでにほかのところと取引のある会社さんを「見るだけでも」って無理やりお連れしたんです。たぶん山田さんもそれを感じていたと思うんだけど、とても丁寧に対応してくれて。最後に「来てくれただけで嬉しいんです。こうやって会えて、五島の良さを見てもらえて、今日は本当にありがとございます」って深々とおじぎされた。お連れした会社さん、山田さんに惚れ込んで「僕、山田さんとこと取引したいです」っておっしゃってくださった。そのあと、その方「結局、人と人なんだよな」って。「こうやって対応してくれることによって、つながることができた。やっぱり来てよかったと思う」って言ってくださった。山田さんが丁寧に対応してくれている、それって本当に大切だなと改めて思いました。

山田 それ全員に言わないといけないです(笑)。本当にありがたいことです。ありがとうございます。

最初の北村社長のお話のときから、謙虚な方だなってずっと思っていました。

山田 やっぱり運を運んでくださるというか、そういうのってあるんですよね。悪い中に入っちゃうと自分まで引っ張られちゃうので、「歩くパワースポット」的な千野理事長がいらっしゃる離創協にはあやからないと、みたいな(笑)。でも、本当に、そこは自分なりに判断しています。そういうふうに人を見ちゃダメなんですけど。