【会社名】有限会社はたした
【住所】〒857-4606 長崎県南松浦郡新上五島町七目郷小串郷1299-9番地
【主な事業内容】水産加工品製造販売
【取材先】畑下 直(代表取締役)


新上五島町の名物、アゴ焼

ジューーー、パチパチパチッ、パチンッパチッ、ジュージュー。

あたり一面にふわっと広がる焼き魚の香ばしい薫り。炭焼き特有の炭が爆ぜる心地よい音が、なおさらに食欲をそそる。焼き台を覗いてみると、規則正しく横並びになったトビウオたち。島では「アゴ」と呼ばれるその魚たちの姿は、まるで海中をゆうゆうと泳ぎ回る群れのよう。新上五島町で昔から見られる「アゴ焼」の光景だ。

「自分が子どもんころは近所のあちこちでアゴを焼いとったばってん。でもいまではもう、めっきり焼かんごとなった。生まれ育った島の文化が無くなっていくことが寂しかけん、商売ばしたようなもんたい」。

37歳でサラリーマンを辞め、事業を興した畑下社長。いまでは自ら漁船にも乗り、アゴ漁に出る。新上五島町の北部にある有川湾。アゴ焼にもっとも適したトビウオは9月の初旬から3週間ほどの季節に漁れるもの。島根県沖で産まれた稚魚が日本海を南下し、15cmサイズの幼魚に成長するのが、ちょうど有川湾だという。

「仲のいい船頭さんの船と自分のと、2隻並べて、曳網渡して。船頭さんの経験と勘を頼りに群れを追いかくっとよ。アゴは漁船のソナーには映らんけん、探すんは難しいと。でも漁れるときは1回で200箱(約2500kg)ぐらい入るけん、船頭の腕は、ほんとすごかよ」。

秋口に一年分の魚を捕り切り、一年かけて少しずつ焼いていく。焼き場の担当は夫人のなをみさんとスタッフのみなさん。体長の大きさで選別し、同じサイズ同士を串で刺す。一本の串には20匹ほどが整列。綺麗に並んだトビウオたちは順番を待つように、天を仰いでいる。

炭火台に乗せたアゴ串はお腹にしっかり焦げ目をつけると、ひっくり返して背中も同様に焼いていく。五島で採れた黒炭を使うと温度は最大600℃にもなるという。アゴの脂が炭にポタリと落ちると、煙とともに火力は最高潮に。

故郷の味を作る伝統製法

いまはどこの製造業者もガスで魚を焼くことが多い。しかし、畑下社長は炭焼きにこだわる。炭が持つ遠赤効果から魚を芯まで熱くする。すると、旨味をぎゅっと閉じ込められるのだ。

その後5日間、じっくり乾燥すると一切の混ぜ物ナシ、トビウオ100%のアゴ出汁の素が完成。はたした製のアゴ焼を使って取る出汁は、魚くささが少なく、旨味に加えてコクもあるものに。

「アゴ出汁はこの島の食文化を支えてきたけん、五島の暮らしになくてならんもん。自分が商売を続けることで後世にちょっとでも長く、故郷の味を残していけたらよかばってん」。

畑下社長が作る昔ながらのアゴ焼は、これからも島の食卓を支えていく。

歴史を遡ると、新上五島町で製造するアゴ焼は福岡地方のお正月に食されるお雑煮の出汁によく使われていた。いまでも正月の需要がもっとも多く、年末に向けて加工のピークを迎える。
畑下 直(すなお) 社長