【会社名】西海市 雪浦農産物加工グループ
【住所】〒857-2301 長崎県西海市大瀬戸町雪浦上郷259-38
【主な事業内容】食品加工
【取材先】田中 えり子(代表)

地元で採れた季節の果実や野菜を材料に

鳥がさえずるのどかな里山の小さな加工所。元は地域の女性たちの生活改善、とくに労働負担軽減と活躍の場を広げるために長崎県が主導して各所に設けた施設だ。西海市内で残っているのは、雪浦農産物加工グループが拠点とするここ一カ所のみ。入口の古ぼけた文字と文言に歴史を感じる。

作られるのはジャムや麦味噌、麦味噌を使っての総菜や漬物など。地元で採れた季節の果実や野菜を材料に、添加物を一切使わずこの加工所で活躍してきた先代のレシピと味を綿々と引き継いで作りつづけている。お邪魔した5月は枇杷が最盛期に入ったころ。枇杷のシロップ漬けが作業台に並んでいた。

「隣が枇杷のセンターをやっていて、そこの高級な枇杷から漏れたものをうちで引き取って加工してます。味は変わりません。大きかったり小さかったりするくらいです。枇杷ではジャムも作ります。ほかにも、いちごの季節にはいちごジャム、甘夏を使ってマーマレード、トマトを使ってトマトジャム、いまはキウイの季節なのでキウイジャムを作ってみたり。」

代表の田中えり子さんが、やわらかい長崎の言葉で教えてくれる。加工所のメンバーは同年代の4人。みなさん、まあるい笑顔をたたえる素敵なお顔立ちをしている。きっと、毎日みんなでわいわい作業をしているのだろう。

「楽しみながら、休憩して、お茶して、ストレス解消。あんまりおしゃべりしすぎるときには誰からともなく注意が入ります(笑)」

それでも、材料がたくさん入ってきたり、注文が多いときなどは何時間でも黙々と作業をする。ときには夜10時を回ることもあるのだとか。そんな繁忙期は休日も返上だ。

みなさんが集まって、行事や料理やおしゃべりをしながら継承していけたら

ここの商品が入手できるのは、県内数カ所の直売所のみ。手作り、無添加ということで値段は多少高くなるが、健康を気づかう客層を中心に根強いファンもいるという。先代から引き継いだ伝統の味は、少しずつ、少しずつ、慈雨のように地域に染みわたっていく。

「それでも、変えるところは変えてね。一部、シールとかパッケージとか、あと中身も。いままでトマトジャムだとかそういうのはなかったんですけども、西海市のトマトがあったのでそういうのを使おうかって。」

西海市のトマトとは「西海トマト」のこと。ミネラル豊富な赤土で栽培される西海トマトは、旨みがぎゅっと詰まった高糖度の甘さと、バランスのある程よい酸味が特長。それをさらに煮詰めてジャムにするというのだから、想像するだけで口の中が美味しさでいっぱいになる。

「だけど、なくなったものもありますね。先代から受け継いで作りつづけていた『枇杷シロップゼリー』が作れなくなりました。」

令和3(2021)年6月1日に完全施行された改正食品衛生法により、原則すべての食品等事業者はHACCPに沿った衛生管理に取組むことが義務付けられた。その経過措置期間が令和6(2024)年5月31日に終了。雪浦農産物加工所も必要な対策を講じたが、菓子製造許可を取得することが叶わなかった。その代わりに、許可が下りたジャムの種類を増やすことにしたのだ。

「伝統の味を引き継げなくなってしまったのは残念ですが、やっぱりここをなくさずにいたいので。この前、団子汁やささげごはんとかを作って、先代のみなさんに来ていただいてゆっくりしてもらったんですね。そうしたら『後を継いでくれて、自分たちのことをこうして思ってくれてうれしい』って喜んでくださったですね。新しくなった商品のパッケージを見て『やっぱり若者は違うねー!よかー!』って。『私たちのときとは違うねー!しゃれたパッケージでしとるねー』って。」

私たち若者って言われるですよ、と4人は笑う。

雪浦農産物加工グループのメンバー。左から毎熊満子さん、廣田智恵子さん、船橋真由美さん。お話を伺った田中えり子さんは撮影日、お留守でした。

「地元にこういうところがあって、とにかく喜んでくださるの、うれしかったですね。その日は地元の郷土料理の話を聞いたり、今度は何を作ろうかとか話が弾んで。それぞれに得意なおばあちゃんたちがいてですね、この人はお寿司が上手だからって教えてもらおうとかですね、そういう話をしながら、楽しかったですね。販売もいいですけど、地域のみなさんが集まって、行事や料理やおしゃべりをしながら継承していけたらいいですね。」

この小さな加工所で作られるのは農産物の加工品だけではない、あたたかくてやさしくて、やわらかな光のようなもの。手放した伝統の味をまたいつかその手に。ゆっくりでいいから、少しずつ前に進めていけたら、その日はきっとやってくる。