【会社名】中田水産
【住所】〒855-0814 長崎県島原市津町409-3
【主な事業内容】漁業、水産加工販売
【取材先】中田博文(代表)
※取材:2025年
ひと手間が生む色と食感
やわらかくて肉厚な「わかめ」、トロットロの中に感じる歯ごたえが絶妙な「めかぶとろろ」、名店の味を支える「昆布」。中田水産の海藻はどれもが絶品だ。
午前3時の有明海。静かな海を疾走してきた小さな舟が養殖場に着くと、中田社長はたった一人黙々と、わかめを吟味し、引き上げ、ナイフで刈り取る。舟いっぱい、山のように収穫したわかめは、その場でめかぶ、茎、葉に分けられ、朝日が昇る頃に作業場へ運び込まれる。すべてを降ろしたら再度、海へ。10時頃戻れば、その日の収穫は終了だ。




作業場に入ったわかめは、すぐさま熱湯が満たされた熱機器装置へ。湯に入ったわかめはその瞬間、ハッとするほど鮮やかな深く美しい緑色に変わる。装置の中で回るプロペラに押し流され、送られていくわかめ。湯の温度やプロペラの速度は、わかめの育ち具合とその日の気温で、中田社長が毎回調整する。
送り出されたわかめは次に常温の水を、続いて0℃近い冷却水をくぐる。このひと手間をかけることで、鮮やかな緑色はさらに色艶を帯び、シャキッとした食感が生まれる。とことん品質を追求する、中田社長のこだわりだ。







ひらめきと挑戦で生まれたチューブ入り「めかぶとろろ」
冒頭で紹介した「めかぶとろろ」は、今年で発売4年目を迎える無添加自然食品。チューブパック入りで、非常に使い勝手が良い。
「きざみめかぶは、ほとんどが丸いパック入りで作ってあるとですけど、あれがなかなか気に食わんもんやけん。パックだと全部フタば開けんといかんでしょ。空気に触れれば酸化するでしょ。すぐね、色が変わるんです。4、5年くらい前やったかな、チューブ入りのもずくかなんかを見かけて、これにめかぶ入れられんかなと思いついたとですよ。チューブなら口が小さかけん酸化しにくいから。冒険だけど冒険する価値があると思ったとです」。
こうして試行錯誤の開発が始まった。

ひだの塊のようなめかぶは、とにかく洗うのが大変だ。
「『ガタ』といって汚れがついているんですよね。だけん、まずはめかぶをきれか海水に晒してガタを流して、今度は真水で流す。それ2回ぐらいしますもんね。ボイルするときも 95℃で熱湯処理。そのあとすぐに冷水につける。最初から真水で洗うのはダメ。“プルン感”がなくなる。真水でやればしなーってなるけん。やっぱり海の物やけんなるべく海に近か状態で」。
ガタが洗い流されためかぶは、絶妙な歯ごたえとトロトロ感たっぷりのミンチにされ、冷蔵庫で寝かせたのち、チューブ詰めされる。
「詰めたら今度は急いで冷凍庫に。電気代は食うけどマイナス30℃に設定しているんですよ」。
炊き立てごはん、味噌汁の具、冷や奴、漬物、サラダなどのトッピング、余計なものを一切加えていない「めかぶとろろ」はどんな料理の味も邪魔しない。
朝露を呼んで、広げて、曲げて
わかめの季節が過ぎた5月から梅雨前までは、昆布の仕事だ。島原の昆布は「吊り干し」という手法で長い時間をかけて上に縮みながら乾燥させる。旨みがギュッと凝縮されるそうだ。
もうすぐ出荷されるという昆布を見せてもらった。ちなみにこれは、誰もが知る某有名イタリアンに納品予定のもの。長い昆布が一枚一枚、きれいに畳まれている。
完全に乾燥している昆布。どのようにしてこんなにきれいに畳むことができるのだろう?


「一度、吊り干しでパリパリに干すんですよ。それを日が沈む前に取り込んで、それで次の朝、4時くらいから外で広げて朝露で湿気を呼ぶ(入れる)んです。朝露で湿気を帯びさせて、お日様が出る前に選別と加工をします。広げて、曲げて、広げて、曲げてって。そうやってきれいに折り曲げてから、もう一度天日でパリパリに干すんです」。
そう教えてくれたのは、中田社長の妻の房江さん。中田水産は中田夫妻、亡き先代の妻のみどりさん、中田夫妻の次女の大島莉香さんなど、親族と少しの従業員で和気藹々と作業をしている。
「昆布は長ければ、巻物に使ったり結んだりできるでしょ。島原昆布は薄いからすごく扱いやすい。出汁も取れるし、野菜昆布としても使えますよね。レストランやホテルにも納めていますが、料理に合わせていろいろに使われているみたいです」。
昆布仕事は梅雨前には終わらせる。少しでも湿気を帯びれば良い製品にはならないため、梅雨前にいかに干せるかが勝負だとか。早朝から吊り干しができるよう、収穫は夜中に出発。ここでも時間との勝負だ。




めかぶとろろの取引をもう一桁伸ばしたい
「彼女は『ラクさせて』『心配ばかけんで』としか言わん」と中田社長が言えば、「ありがたいことに年々仕事量が増えて。60歳もとっくにすぎて、もう少しラクになりたいと思っているのに」と房江さんが笑いながら応酬する。
「ひねくったことをするのは好かんけん、家族とは言いたいこと言い合って全部直球勝負。いま、夫婦2人で漁に出ているけど、オレの心の中では、何と言われようと生産量や雇用を増やし、中田水産を軌道に乗せて、もっと上に登ろうと思って毎日がんばっている。そのためにも、めかぶとろろの取引をもう一桁伸ばしたい。その結果、自ずと島原半島全体がわかめやめかぶの産地としてさらに発展していくはず」。
そう話す中田社長はこう続けた。
「そうしたら、奥さんを漁に連れて行かなくて良くなるけん」。


